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渋沢栄一先生に呼ばれた男。その2

By 荻野功一朗

七社神社にて

このブログへようこそ、成功軸エバンジェリスト、荻野功一朗です。

渋沢栄一先生によばれて、この七社神社を発見しました。王子神社側で財布をおとして、なぜか、七社神社側の警察署にとどけられていたのです。

財布を受け取ったあと、七社神社へお参りしました。大銀杏のある。気持ちの良い境内です。鳥居をはいってすぐに、渋沢栄一翁のイラストを立像にしたものがありました。

そして、ご参拝をすませたあと、何気なく神社のパンフレットを手にしてめくりました。すると、この写真にもある「七社神社」の社額は、渋沢栄一先生の筆によるものだと、由来がありました。しかし、私は渋沢先生のことは、ほとんど知らなかったのです。大河で放映されてたのですが、テレビがないのでまったく見ていません。

しかし、気になって、何冊かの本を購入して、渋沢先生のことを調べてみました。もちろん、ネットで検索してみました。まず、読んだのは、童門冬二が書いた「渋沢栄一 人間の礎」です。幕末に生まれ、豪農の息子から、倒幕の志士、徳川慶喜の臣下、フランスへ使節団として洋行、そのご明治政府の官僚となり改正係を設立し、政治政府を大改革したのち、日本初の銀行を設立、以来500社あまりの会社設立にかかわる「日本資本主義の父」。それが渋沢栄一先生でした。しかし、人間の礎からわかったのは、「日本資本主義の父」という呼び名からは、想像できない、渋沢先生の破天荒な人生でした。

さらに、「鹿島茂氏」のものなど、数冊の本を読み込みました。そこで、わかったのは、資本主義もフランス革命の精神をとりいれた「合本主義」を、主張・実行していること。私流にいわせれば「日本の資本主義に『自由・平等・博愛』の精神を注入した男。」だと、感じました。これは、たとえようもなくスゴイ方だと、感じたのです。さらに興味がわきました・・・。(つづく。)

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