「奇跡のネーミング」開発ストーリー

荻野は、なぜ、「奇跡のネーミング」をみなさまにお伝えしているのか?

ソニー、マイクロソフトのコピーを手がけた荻野がなぜ、起業コンサルになったのか?

成功オギノ印こと(荻野功一朗)は、数年の修行期間(会社員コピーライター)を経て、1995年に独立し、フリーになりました。

フリーになって、3年目ぐらいでしょうか? 気がついたら売上げが3000万円あったのです。ソニー、マイクロソフト、キヤノンなどを手がけ順風満帆でした。

しかし、忘れもしない1999年の連休明け、仕事が一気に半減したのです。マイクロソフトの仕事は広告代理店間の抗争でよそに取られ、ある外資系の会社の仕事は米国本社での吸収合併で会社ごとなくなりました。その後、WEBデザインの会社を起こすも数年で撤退。

世の中の「高額塾」には、売り方や集客法を教えるモノばかり。そもそも「売れる高額商品」をつくらないと根本的な解決にならないと実感。

新しい方向性を模索して、高額塾をわたり歩いたけれど、望みの結果は得られませんでした。それらは、売り方や集客の方法を教える、起業塾だったのです。

そもそも「売れる高額商品」をつくらないと、根本的な解決にならないと、思いました。そこで、数年、十数年にわたって、「売れる高額商品」の作り方を、徹底研究したのです。

あるとき、思い切って、自分の高額塾をやることにしました。そこに、以前からのお客様でもある、氣功療術師の石橋充行さんが、ご参加されたのです。

石橋さんは、どうしても売りたい新しい商品をつくっていました。しかし、その商品は3年間努力してもまったく売れませんでした。

その売れない商品の中味を、いろいろ話をうかがっていくうちに、そもそもその技法は、治療家である石橋さんが、自身の悩みを解決するために、つくったものでした。

「売れる高額商品」をつくり「奇跡のネーミング」をつけ、売上ゼロから月300万円に!

「石橋さん、これは、治療家、整体師、同業の人に売った方がいいよ。同業の人になら、50万円でも安い。でも、そのままだと簡単すぎるので、3ヶ月とか6ヶ月のオンラインカリキュラムにしましょう。」とアドバイス。

話は、トントン拍子に進みました。そして、最後に商品のネーミングをつけて、集客することになったのです。ここで生まれたのが石橋さんのための「奇跡のネーミング」でした。驚くことに、この商品次々に売れ始めました。

そして、これならFacebook広告で売れると考え、売るためのしくみ(セールスかみしばい、プレ動画など)を整えて、広告を出稿しました。こちらでも反応は極めてよく、コンサル6ヶ月目に、1ヶ月間に300万円売れることになったのです。その後も2年間、この商品は、月100万円〜300万円売れ続けています。

「奇跡のネーミング・売れる高額商品」を、クライアントと共に、つくって、それが売れるためのしくみをつくること。これこそ、成功オギノ印が、人々に広めていく仕事だと確信したのです。

追伸:「奇跡のネーミング」の実例は動画で公開しています。
  ↓   ↓   ↓
https://adandweb.com/kiseki300/

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